ロボットと言えば超合金の煌き!という印象からずれた感があります。
プラモデルでいうならばトップコートを吹いてツヤ消しを行った様な印象。
それはこの当時の他の主だったゲームにも言えることで、
色も鮮やかなアニメーション的表現よりも、
リアルなジオラマを髣髴させる実写的表現を目指したのか、
輝く様な青・赤・黄や光の印象が全体的に少なく思えます。
次世代への足音が聞こえると自然に色彩が地味になっていくのでしょうか。
この「魔装機神」の物語の中で強く記憶に刻まれているエピソードは、
ある人物の脳がある機体にコンピューターとして移植されるというもので、
そういうグロテスクな人間性の話にほぼ初めて触れた当時はショックでした。
当然ながら表現の乏しい時代、それはテキストだけで語られるものですが、
その様にシンプルに明記されることがかえって深く胸に刺さります。
同時期に別に、やはり人間が生体コンピューターとして組み込まれる話があり、
それと合わせてある種のトラウマになっている話であります。
その後、表現の過激なゲームは続々送り出されるわけですが、
映画や漫画同様、なぜか昔の作品の方が焼き付いているわけであります。
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